【#4】「見ても、分からないです」 ─ ある金属加工会社の、3番機の前

目次

この話について

会社:常盤製作所/社員34名/内陸の工業団地/金属加工(板金・溶接・機械加工)の多品種少量

困っていたこと

  • 品番が変わるたびに、機械の段取りを替える。1回15分、1日6回。 この時間はモノができていない
  • 15分で替えられるのは、22人のうち3人だけ。若手がやると40分かかる
  • 手順書はある。だが、そこに書かれていないことのほうが、時間を決めている

一 止まっている時間の、中身

10月に入って、工業団地のケヤキが色を変えはじめた。

朝の空気が乾いていて、工場の中に入ると、機械油のにおいが夏より強く感じられる。熱で揮発するものが減ったせいだと、あとで教わった。

事務所の壁の画面に、4か月ぶんの記録がたまっていた。

6月に置き場の柱へボタンを付けてから、4か月。工程が移るたびに押されているので、どの品番が、いつ、どこからどこへ移ったかが全部残っている。

わたしは、その記録を持ち帰って、丸2日かけて並べ替えた。

見たかったのは、モノが工場にいる時間のうち、何をしていない時間がどれくらいあるかだ。

6月に数えたときは、3日以上動かないものが19件あった。9月は、それが4件になっている。伝わっていないもの、材料が来ていないもの、次の工程が空かないもの——大きい塊は、たいてい潰れていた。

そのかわり、別のものが見えてきた。

工程と工程のあいだの待ちが減ると、残るのは工程そのものにかかっている時間だ。そこを1件ずつほぐしていくと、同じ形のかたまりが繰り返し出てくる。

機械は動いているのに、製品ができていない時間があった。

品番が変わる境目に、必ず入っている。長さはまちまちで、10分のときも、50分のときもある。

わたしは、それを機械ごとに出した。16台のうち、そのかたまりがいちばん厚いのは、工場のいちばん奥にある3番機だった。

「3番機って、何の機械ですか」

入江さんに聞くと、その場で連れていってくれた。

「複合機。削って、穴あけて、ねじも切る。1台で終わるから、うちの主力だね」

グレーの箱型の機械だった。扉が開いていて、中に金属の粉と切削油が飛び散っている。

機械の脇に、加工の終わった部品が箱に入って積んである。入江さんはその1つを取って、指で縁をなぞってから戻した。6月に見たときと同じ手つきだった。

「これ、品番が変わったら、どうするんですか」

「替えるよ」

入江さんは、機械の横のワゴンを指した。金属の輪と、刃物のホルダーがいくつも載っている。

「つかむところを替えて、刃物を替えて、原点を出し直す。それで15分」

「15分」

「うん。1日6回くらいかな」

1日90分だ。年間にすると、360時間になる。

「その15分は、モノができてないですよね」

「できてないね」

「1日6回というのは、多いんでしょうか」

「多いよ」

入江さんは、ワゴンの上の輪を1つ手に取って、また置いた。

「昔はね、1つの品番を1週間流してた。いまは1日に6回変わる。お客さんが在庫を持たなくなったからね。1回に10個とか20個の注文が、毎日くるの」

「少量多品種、というやつですね」

「その言葉、嫌いなんだよ」

入江さんは、少し笑った。

「言葉にすると、きれいでしょう。実際は、1日6回、機械を止めてるってことだから」

二 15分と、40分

次の週から、段取り替えを測った。

やり方は単純だ。3番機の横に立って、入江さんが「替えるよ」と言った時刻と、次の1個目が出てきた時刻を書く。作業には触らない。

入江さんは、5回とも15分前後だった。14分50秒、15分20秒、14分10秒、16分、15分5秒。

ばらつきが、ほとんどない。

「入江さん、いつも同じ時間ですね」

「同じだよ」

「測ってらっしゃるんですか」

「測ってない。でも、だいたい15分だと分かる」

翌日、萩野くんに同じ工程をやってもらった。

萩野くんは、手順書を持って3番機の前に立った。ラミネートされたA4が3枚、リングで留めてある。角が丸くなるまで使われているものだった。

40分かかった。

途中で3回、入江さんを呼んだ。

3回とも、同じ種類の質問だった。

1回目は「この治具、どこですか」。入江さんは、棚の下から2段目を指した。2回目は「原点、これで合ってますか」。3回目は「これ、締める順番ってあるんでしたっけ」。

入江さんは、どれにも短く答えた。手は出さなかった。ただ、3回とも工場の反対側から歩いてきていた。

見ていて、萩野くんが下手だとは思わなかった。手つきは丁寧だし、間違えてもいない。1つ1つの動作は、入江さんとそれほど変わらない速さでやっている。

それなのに、40分だった。

終わったあと、萩野くんに聞いた。

「いまの40分、どこが長かったと思いますか」

「全部です」

萩野くんは、即答した。

「全部、遅いです。慣れてないので」

わたしは、その答えをメモ帳に書いた。あとで見返して、この答えが間違っていたことが分かる。

そのあと、瀬戸さんに人の話を聞いた。

「段取り替えができる方は、何人いらっしゃいますか」

「3番機だと、3人です」

「22人のうち、3人ですか」

「はい。入江さんと、あとお二人。55歳と58歳の方です」

「若い方は」

「萩野くんが、いま覚えてるところです。ほかの若い子は……いないので」

この工場の若手は、萩野くん一人だった。

段取り替えができる3人の年齢を、もう一度確かめた。62歳、58歳、55歳。3人とも、あと10年でいなくなる。

「教えないんですか」

「教えてるつもりだと思います」瀬戸さんは言った。「でも、教える時間がないんです。段取り替えは、止まってる時間なので。教えながらやると、30分になっちゃうんですよ」

「30分だと」

「怒られはしないです。ただ、その日の出荷が押します」

教えるための15分が、どこにもない。それが、この工場で若手が育たない理由だった。

もう一つ、数えたものがある。

入江さんが1日に3番機へ呼ばれる回数だ。3日間の平均で、6回。ちょうど段取り替えの回数と同じだった。

6月に、入江さんが工場を歩く回数を23回から6回に減らした。あのとき減らしたのは「探しに行く」ほうだ。「替えに行く」ほうは、1回も減っていなかった。

その数字を持って、北島さんのところへ行った。

北島さんは、しばらく黙って表を見ていた。

「入江が辞めたら、うちは何分で段取りが替わるんですか」

「いまのままだと、40分です」

「1日6回で」

「4時間です」

北島さんは、指で机を1回叩いた。

「1日4時間、うちの主力機が止まるってことですね」

三 撮っても、分からない

やることは、決まっていた。撮る。

手順書ではなく、動画にする。それは、この会社に来る前から分かっていた。

最初の8本は、失敗した。

カメラを三脚に載せて、機械の横に置いた。入江さんの手元がよく見える高さと角度にした。切削油が飛ぶので、レンズの前に透明の板を立てた。よく撮れたと思った。

8本は、それぞれ違う品番の段取り替えだった。3分半から5分。無駄なところを切って、通しで見られるようにした。音は入れていない。機械の音が大きくて、喋っても聞こえないからだ。

萩野くんに、その1本を見てもらった。3分半の動画を、2回続けて見た。2回目は、途中で何度も止めていた。

「どうですか」

「……見ました」

「やってみますか」

萩野くんは、動画をタブレットで開いたまま、3番機の前に立った。1つずつ止めながら、同じようにやっていく。

38分だった。

40分が、38分になっただけだった。

「すみません」

「謝ることじゃないです」

「いや、僕、ちゃんと見たんですけど」

萩野くんは、タブレットを持ったまま、少し困った顔をした。

「見ても、分からないです」

「どこが分からないですか」

萩野くんは、動画をもう一度再生した。そして、途中で止めた。

「ここです」

画面の中で、入江さんの手が、右側の画面の外へ消えていた。1秒半で戻ってくる。戻ってきたとき、手には金属の輪が握られている。

「この手、どこ行ってるんですか」

わたしは、答えられなかった。

「僕、ここで毎回、工具箱まで歩いてるんです。往復で40秒くらい。でも入江さんは1秒半で戻ってくる。どこから取ってるのか、映ってないんです」

わたしは、その動画を最初から見直した。

同じことが、8本の全部で起きていた。入江さんの手は、何度も画面の外へ出ていく。1回1秒から3秒。そして、必ず何かを持って戻ってくる。

数えると、1本あたり平均で17回あった。

いちばん大事なことが、画面の外で起きていた。

その日、萩野くんはもう1回やってみると言った。動画をもう一度見て、3番機の前に立った。

37分だった。

「1分しか変わらないです」

萩野くんは、タブレットを机に置いた。置き方が、少し乱暴だった。

「すみません」

「いや、こっちの問題です」

「僕、覚えが悪いんだと思います」

「違います」

わたしは、そこははっきり言った。

「この動画で覚えられる人は、いません。わたしが撮り方を間違えました」

その夜、国道沿いの宿で、撮った8本をもう一度全部見た。

わたしは、手元を撮っていた。手元を撮れば手順が分かると思ったからだ。だが、萩野くんが知りたかったのは手順ではない。手を、どこへ伸ばすかだった。

手順書に書いてあることは、もう萩野くんの頭に入っている。3枚のラミネートの角が丸くなるまで読んでいる。書いてあることを動画にしても、同じものが増えるだけだ。

ノートに、こう書いた。

萩野くんは、何をするかを知らないのではない。どこに手を伸ばせばいいかを知らない。

それは、手順ではない。位置だ。位置は、手元を大写しにした画面には映らない。

四 25分は、どこで生まれるか

翌週、もう一度撮った。今度は、入江さんと萩野くんの両方だ。

同じ品番の、同じ段取り替え。同じカメラ位置。入江さんが15分、萩野くんが40分。

その2本を、AIに並べさせた。

聞いたのは1つだけだ。この2本は、どの区間で差がついているか。

区間の名前は、こちらからは与えなかった。どこで区切るかも、決めていない。「同じことをしている場面どうしを対応させて、時間の差が大きい順に出してください」とだけ書いた。

半日で、答えが出てきた。

差の25分のうち、11分が「手に何も持っていない時間」だった。

内訳も出ていた。工具箱を開けて中を見ている時間。棚まで歩いている時間。機械から離れて図面を見に行っている時間。それらを足すと、萩野くんは段取り替えの40分のうち11分を、何も持たずに動いていた。

入江さんの15分では、その時間が40秒だった。

萩野くんに、その紙を見せた。

「11分、歩いてるんですね」

萩野くんは、自分の数字を指でなぞった。

「僕、さっき『全部遅い』って言いましたけど」

「言ってました」

「全部じゃないんですね。動いてる時間は、そんなに変わってない」

「変わっていません。刃物を替える速さも、締める速さも、ほとんど同じです」

萩野くんは、しばらくその紙を見ていた。

「なんか、ちょっと安心しました」

わたしは、その紙を持って入江さんのところへ行った。

「入江さん。これ、見ていただけますか」

入江さんは老眼鏡をかけて、紙を上から下まで読んだ。それから、あっさり言った。

「そりゃそうだよ」

「そうですか」

「わたし、段取り替えのときは歩かないもの」

「歩かないんですか」

「歩かない。歩いたら負けだからね」

入江さんは、3番機の横のワゴンを指した。金属の輪と刃物のホルダーが、順番に並べてある。

「これ、いつ用意されたんですか」

「前の品番を流してる、あいだ」

わたしは、その場で立ち止まった。

「前の品番が動いてるあいだに、次の分をここに出しておくの。機械が回ってるあいだ、こっちは暇でしょう。そのあいだに出しとくんだよ」

「それは、手順書には」

「書いてないよ」

入江さんは、なんでもないことのように言った。

「だって、段取り替えの手順じゃないでしょう。段取り替えが始まる前の話だから」

そこだった。

萩野くんが40分かかるのは、手が遅いからではない。段取り替えが始まった時点で、まだ何も手元に無いからだ。だから、始まってから取りに行く。11分は、そこで生まれていた。

そして、それは手順書のどこにも書きようがない。手順書は「段取り替えの手順」を書くものだからだ。手順書は、いつ何をするかを1列に並べる。その列が始まる前のことは、列の中に置けない。

ラミネートの3枚を、もう一度読み直した。書いてあることは正しかった。1つも間違っていない。

ただ、1行目が「機械を止める」から始まっていた。

五 目の高さから、撮る

撮り方を、全部変えた。

1つ。 カメラを、入江さんの目の高さに置いた。三脚ではなく、胸につける小さいものにした。入江さんが見ているものが、そのまま映る。手元だけでなく、機械の全体と、ワゴンと、棚と、通路が入る。

2つ。 段取り替えの15分だけでなく、その前の30分から撮った。

前の品番が流れているあいだ、入江さんが何をしているか。ここが本体だった。

3つ。 撮りながら、喋ってもらった。

「いま何やってますか、って、時々聞いてください」

萩野くんに、その役をやってもらった。萩野くんは撮影のあいだ、入江さんの斜めうしろに立って、区切りのいいところで声をかけた。

「入江さん、いまのは何ですか」

「これはね、次の刃物を出してるの。まだ前のが回ってるからね」

「なんで、いま出すんですか」

「あとで出すと、取りに行くことになるから」

そのやりとりが、そのまま音として残った。

撮り始めた初日、入江さんは喋りにくそうだった。

「これ、独り言みたいだね」

「独り言でいいです」

「誰が見るの、これ」

「萩野くんが見ます」

そう言うと、入江さんの喋り方が変わった。それまでは説明の言葉だったのが、そこから先は、隣に立っている人に言う言葉になった。

「翔太、これ見といてな。ここ、みんな間違えるから」

名前で呼んだのは、そのときが初めてだった。萩野くんは、カメラを持ったまま何も言わなかった。

3週間で、12本撮った。1本は3分から6分。長いものは切った。

音を文字にして、動画に1行の見出しをつけた。 どこで区切るか、どう呼ぶかは、AIに出させた。区切りは、ほとんど直さなくてよかった。

だが、見出しは半分書き直した。

書き直したのは、入江さんだ。

AIが「工具を準備する」と書いた区間を、入江さんは横線を引いて、こう直した。

「次の品番の刃物を、前の品番が流れているあいだにワゴンへ出す」

「準備する、じゃ分からんよ」

入江さんは、鉛筆でその行を叩いた。

「いつやるかが入ってないと、意味がないの。準備しろって言われたら、みんな段取り替えのときに準備するでしょう。そうじゃないんだよ」

12本の見出しは、全部で47行になった。入江さんが書き直したのは23行。ほとんどが、「いつ」を足す直しだった。

「原点を出す」→「原点は、チャックを締めてから出す。逆にすると2回出すことになる」

「図面を確認する」→「図面は、機械の前に立つ前に見る」

「切粉を払う」→「切粉は、前の品番の最後の1個が出た直後に払う。冷めると固まる」

わたしは、その紙を見ながら思った。この23行が、38年だった。

47行のうち、24行はAIが書いたままで通った。「チャックを外す」「刃物ホルダーを交換する」。誰が書いても同じになる行だ。

書き直された23行は、全部「いつ」か「なぜ」が入る行だった。そして、そのどれもが、機械の前に立ってからでは間に合わないことを言っていた。

できていないところは、隠さずに毎日出した。撮った動画は、翌日には見られるようにする。見出しがまだ空の区間があっても、そのまま置いた。萩野くんが毎朝それを見て、赤で印をつけた。「ここ、切れてます」「この見出し、意味が分からないです」。

3週間で、直しは31回入った。

六 「ここ、無駄なことしてるね」

12本が揃った日、入江さんに全部見てもらった。

事務所の会議机にタブレットを置いて、入江さんが1本ずつ再生する。腕を組んで、黙って見ている。

3本目を見ているとき、入江さんが「これ、いい絵だね」と言った。カメラが胸にあるので、手が画面の外へ出ない。棚も、ワゴンも、通路も、全部入っている。

「これなら分かるわ」

「分かりますか」

「分かるよ。どこ見てるかが分かるからね」

7本目の途中で、入江さんが止めた。

「あれ」

もう一度、少し戻して再生した。同じところで、また止める。

画面の中の入江さんは、チャックを外したあとで、機械から3歩離れて図面を見ていた。5秒ほどで戻ってくる。

「ここ、無駄なことしてるね」

「そうですか」

「うん。これ、先に見とけばいいの。チャック外す前に」

入江さんは、自分の指を折って数えた。

「40秒くらい損してる。1日6回だから、4分か」

「4分ですね」

「1年で、16時間」

入江さんは、タブレットに映った自分の背中を、しばらく見ていた。

「38年やってて、自分の手を見たの、初めてだよ」

その日、7本目を撮り直した。

撮り直した動画で、入江さんは図面を先に見た。段取り替えは14分10秒で終わった。

「速くなりましたね」

「速くなったね」

入江さんは、少し笑った。

「でも、これ、あんたに言われて直したんじゃないからね。自分で見て直したの」

「はい」

「そこが大事なんだよ。人に言われたら、たぶん直さなかったから」

そのあと、入江さんは12本を最初から見直した。2時間かかった。

見終わって、老眼鏡を外して、こう言った。

「これ、わたしが辞めたあとも残るんだよね」

「残ります」

「じゃあ、もうちょっと丁寧にやればよかったな」

そう言って笑ったが、その日、入江さんは帰らずに、もう1本撮り直していった。

七 あと1年半

11月の半ばに、もう一度寄った。

ケヤキはもう葉を落としていて、工業団地の道が明るくなっていた。工場の中は、逆に暗く感じる。日が短くなって、天井の窓から入る光が減っていた。

3番機の前に、萩野くんが立っていた。

段取り替えの最中だった。わたしは通路の端で、時計を見た。

22分だった。

40分が、22分になっていた。

「11分は、消えましたか」

そう聞くと、萩野くんは首を振った。

「11分が2分になりました。まだ2分は歩いてます」

「どこへ行ってるんですか」

「刃物を研ぎに。あれは、どうしても取りに行かないと」

萩野くんは、汗を拭いた。作業服の首元が濡れている。

「でも、前と全然違います。前は、始まってから何を取りに行くか考えてました。いまは、前の品番が回ってるあいだに考えるので」

萩野くんは、そこで一度、3番機のほうを振り返った。

「あと、これは動画と関係ないんですけど」

「はい」

「前の品番が回ってるあいだって、暇なんですよ。前は、その時間に休憩してました」

「いまは」

「いまは、次の準備してます。……休憩が減りました」

萩野くんは、そう言って笑った。

「でも、そのぶん定時に帰れてるので、いいです」

段取り替えができる人も、増えていた。

3番機で15分から25分のあいだに収まる人が、3人から7人になった。動画を見て、実際にやって、入江さんに1回見てもらう。それを2週間やると、だいたいできるようになるという。

入江さんが3番機に呼ばれる回数は、1日6回から1回になった。

北島さんは、その数字を長いこと見ていた。

「入江が辞めたら何分になるか、って、6月に聞きましたよね」

「10月に聞かれました」

「そうでしたか。……いま、答えは何分ですか」

「22分です。半年後は、たぶん18分です」

北島さんは、紙を置いた。

「15分にはならないんですね」

「ならないと思います」

「なんでですか」

「15分は、38年です」わたしは言った。「そこは、写せませんでした」

北島さんは、そこで一度、天井を見た。

「うち、22分でやっていける会社になったってことですね」

帰る前に、工場へ寄った。

入江さんが、通路の真ん中に立っていた。3番機のほうを見ている。萩野くんが、別の品番の段取り替えをしていた。

「行かないんですか」

「行かないよ」

入江さんは、腕を組んだまま言った。

「行ったら、22分が15分になるでしょう。でも、あの子はずっと22分のままだから」

「見てて、手を出したくなりませんか」

「なるよ」

入江さんは、あっさり言った。

「毎回なる。いまも、チャックの締める順番が逆だし」

「言わないんですか」

「あとで言う。終わってから」

入江さんは、そこで少し笑った。

「終わる前に言うと、あの子の段取りじゃなくなるから」

わたしは、その横に立っていた。3番機の音が変わって、切削が始まった。萩野くんが、扉の外で一度だけ大きく息を吐いたのが見えた。

入江さんは、それを見て、腕をほどいた。

「いま、22分だったね」

「測ってらしたんですか」

「測ってない」

入江さんは、機械のほうを見たまま言った。

「音でね、だいたい分かるの」

「入江さん、あと1年半ですね」

「1年5か月」

入江さんは、即答した。

「数えてらっしゃるんですか」

「数えてるよ。毎日」

入江さんは、腕をほどいた。

「別に、辞めたくないわけじゃないの。ただね」

入江さんは、3番機のほうへ顎を向けた。

「わたしがいなくなったあとに、この工場が何分で動くのかは、見てから辞めたいんだよ」

「見られますか」

「見られるでしょう。あと1年5か月あるんだから」

入江さんは、そう言って歩き出した。3番機のほうではなく、置き場のほうへ歩いていった。

残ったもの。 段取り替えは、22分になった。工程は見えるようになり、書類も注文も、その日のうちに流れる。

だが、12月に入って、客先から荷物が返ってきた。

10個。表面に、浅いキズがある。

いつ作ったのか、どの機械で流したのかは、その日のうちに分かった。測った値も、1分で出てきた。

分からなかったのは、そのキズを、誰が良品だと判断したのかだった。

製造業の一覧へ戻る FDE小説の入口へ