【#5】「終わってから、赤字だと分かるんです」 ─ ある建設会社の社長室

目次

この話について

会社:山桜建設/社員28名/山あいの地方都市/公共工事6割・民間4割/社員の平均年齢51歳

困っていたこと

  • 工事が儲かったかどうかが分かるのは、竣工してから2か月後
  • 着工前に原価の計画(実行予算)は立てている。だが、途中で実績と比べたことが一度もない
  • 去年、赤字で終わった現場が2件。分かったときには、次の現場がもう半分終わっていた

一 「終わってから、赤字だと分かるんです」

4月。1年ぶりに、川沿いの桜が咲いていた。

去年ここへ来たときは、花はもう散りかけていて、水面に花びらが帯になって流れていた。今年は満開の少し手前で、蕾の混じった枝が、朝の風に揺れていた。

山桜建設の2階の、社長室。8畳ほどの部屋に、机が一つと、応接のソファがある。壁には市の表彰状と、創業者——古賀さんの父親の写真がかかっていた。

「上田さん、これ見てもらえますか」

古賀さんが、A3の紙を広げた。

去年竣工した工事の一覧だった。20件ある。契約金額と、実際にかかった原価と、残った粗利が並んでいる。

「これ、いつ作るんですか」

「決算のあとです。7月ですね」

「工事が終わったのは」

「いちばん古いのは、おととしの11月です」

古賀さんは、指で2行を示した。

「この2件が、赤字でした」

  • 市道拡幅工事(契約2,850万円):赤字190万円
  • 工場の増築(契約4,100万円):赤字150万円

「合わせて340万です」

「原因は分かっていますか」

「いまは分かります」古賀さんは言った。「市道のほうは、地面を掘ったら想定外の岩が出て、重機を大きいのに替えたんです。工場のほうは、工期が延びて、応援の職人を最後の3週間で増やしました」

「そのときには、赤字になると分かっていましたか」

古賀さんは、首を横に振った。

「分かってませんでした」

そして、こう続けた。

「終わってから、赤字だと分かるんです。しかも2か月後に。そのころには、次の現場がもう半分終わってます」

わたしは、その一言をノートに書いた。

「上田さん。前に来ていただいたとき、『原価の管理は作りません』とおっしゃいましたよね」

「言いました。1年前です」

「あのとき、なぜですか」

「見る材料がなかったからです」わたしは答えた。「労務費が現場別に出ていませんでしたし、見積もりも夜9時からしか作れませんでした。画面だけ立派になって、誰も見ない、が目に見えていました」

「いまは」

「いまは、労務費が月内に出ます。それが1年で変わったことです」

古賀さんは、うなずいた。

「じゃあ、お願いできますか」

「はい」

「あの、これ、わたしが主役の話ですよね」

古賀さんは、少し照れたように言った。

「篠原でも、阿部でもなくて。……これは、わたしが見るべき数字だと思うんです」

二 実行予算という紙

まず、いま何があるのかを見せてもらった。

実行予算という紙があった。

工事を受注すると、着工前に篠原さんが作る。契約金額に対して、材料費がいくら、外注費がいくら、労務費がいくら、経費がいくら、そして粗利がいくら残るか。A4で2枚。

「これ、ちゃんとありますね」

「ありますよ」篠原さんは、心外そうに言った。「これがないと、職人の手配もできない」

わたしは、その紙が作られるところを見せてもらった。

篠原さんは、契約書の内訳を左に置き、右に自分の見積もりを置いて、電卓を叩きながら数字を入れていく。1件に、2時間ほどかかった。

「篠原さん。これ、契約の金額とは違うんですね」

「違うよ。見積もりは、お客さんに出す値段。実行予算は、うちが使っていい金」

「差が、粗利ですか」

「そう。でもね、この差は見積もりのときの粗利より、たいてい小さくなるの」

「小さくなる?」

「値切られるからね」篠原さんは笑った。「1,200万で出して、1,150万で契約になる。でも工事の中身は変わらない。だから、うちが使える金が50万減るだけ」

「その50万は、どこから削るんですか」

篠原さんは、電卓を置いた。

「……どこからだろうね。気合いで、って言いたいところだけど」

「作ったあとは、どうしますか」

「ファイルに綴じる」

「見返しますか」

篠原さんは、少し黙った。

「……見返さないね」

わたしは、その理由を探した。

見返さないのではなく、見返しても意味がなかったのだ。比べる相手——実際にいくら使ったかの数字が、竣工の2か月後にしか出てこないからだ。

では、実際に使った金は、どこにあるのか。

3か所にあった。

  1. 材料費:納品書。現場に届き、阿部くんたちが持ち帰り、事務所の箱に入る
  2. 外注費:協力会社からの請求書。月末に郵送かFAXで届く
  3. 労務費:出面表。これは去年の冬から、月内に現場別で出るようになっていた

わたしは、事務所の隅にある段ボール箱を開けた。納品書が入っていた。

「これ、月にどのくらいですか」

「300枚くらいですかね」谷さんが言った。

「現場ごとに分けてありますか」

「分けてないです。あとで振り分けます」

「いつ」

「工事が終わったあとです」

そこだった。

材料は毎日届いている。紙も毎日溜まっている。だが、それが現場ごとの数字になるのは、工事が終わってからだった。

三 全部やろうとして、殴られる

わたしは、設計を始めた。

やろうとしたのは、こうだ。実行予算の全項目——材料費も外注費も労務費も経費も、すべてリアルタイムで実績と突き合わせる。現場ごとに、日ごとに、項目ごとに。

建設業の原価管理を、まるごと作る。

2日で、行き詰まった。

材料費は納品書を読めばいい。だが、納品書には現場名が書いていないものがある。書いてあっても「古賀様邸」としか書いていない。同じ施主の別工事だと、どちらか分からない。

外注費は請求書だが、月末にまとめて来るので、月の途中では分からない。しかも1枚の請求書に複数の現場が混ざっている。

経費に至っては、燃料代も、重機のリース代も、現場に紐づいていない。

3日目の夜、わたしは自分の設計を見返した。

3週間の約束で入っている。この作りなら、3か月かかる。

去年の春、わたしはこの会社で「今回は、原価の管理は作りません」と自分で言った。言えたはずのことが、今回は言えていない。理由は分かっていた。社長が、これを待っていたからだ。

ノートに、一つだけ書いた。

その数字を、誰が、いつ、何をするために見るのか。

その場では、答えられなかった。

翌朝、古賀さんに聞いた。

「古賀さん。原価の数字を、いつ見ますか」

「毎日見ますよ」

「本当ですか」

古賀さんは、そこで言葉に詰まった。

「……いや、無理ですね。朝は現場に出るので」

「では、いつなら見られますか」

「月曜の朝でしょうね。うち、月曜の8時に篠原と2人で、その週の段取りを見るので」

「週に1回ですね」

「週に1回です」

「そのとき、手を打てることは何ですか」

古賀さんは、腕を組んだ。

「材料の買い方は変えられます。まとめて買うか、都度買うか。あと、応援を呼ぶか呼ばないか」

「ほかには」

「工程を詰めるかどうか。……それくらいですかね。工事が始まってしまうと、そんなに手はないんです」

わたしは、ノートを閉じた。

答えが出ていた。

週に1回、材料費と外注費だけ見られればいい。

労務費は月次で足りる。経費は追わなくていい。日ごとの数字も要らない。手を打てないものを見ても、意味がない。

その日、わたしは古賀さんに言った。

「今回は、原価管理は作りません」

古賀さんが、驚いた顔をした。

「え」

「作るのは、紙1枚です」

四 1枚だけ

作ったものは、こうだ。

月曜の朝7時に、5つの現場が1枚に並ぶ。

現場ごとに、4行だけ。

  • 実行予算の材料費に対して、いま何%使ったか
  • 実行予算の外注費に対して、いま何%か
  • 先月までの労務費が、実行予算の何%か
  • 工期は、何%進んでいるか

それだけだ。金額は小さく添えるが、大きく出すのは%にした。

理由は、篠原さんの一言だった。

「金額で出すとね、みんな金額の大小を見るんだよ。3,000万の現場と500万の現場が並んでても、意味が違うでしょう」

だから、比べるのは進み方にした。

工期が50%進んでいるのに、材料費が80%使われていたら、何かが起きている。逆に工期が80%なのに材料費が40%なら、まだ買っていないものがあるということだ。

材料費を現場に振り分ける方法は、AIに納品書を読ませることにした。

  • 日付
  • 業者名
  • 品名
  • 金額
  • 現場名(書いてあれば)

300枚を読ませると、半日で表になった。

だが、現場名が特定できたのは62%だけだった。

残りの38%は、「現場名が書いていない」か「書いてあっても分からない」ものだった。

篠原さんに見せると、こう言われた。

「そりゃそうだよ。注文するときに、うちが現場名を言ってないもの」

「言っていないんですか」

「電話で『鉄筋を何本』って頼むだけ。向こうも長い付き合いだから、それで届く」

わたしは、そこで一つ提案した。

「これから注文するとき、現場名を言っていただけますか」

篠原さんは、少し考えた。

「言うのは、いい。でも、向こうが書いてくれるかどうかは別だな」

そのとおりだった。納品書を書くのは業者だ。

そこで、こうした。

AIに、書いていないものを推測させない。 分からないものは「不明」として残す。不明のものは、月曜の朝に篠原さんが1件ずつ振り分ける。

最初の月は、不明が114件あった。篠原さんは40分で振り分けた。

「これ、覚えますか」

「覚えます。同じ業者の同じ品名なら、次から候補を出します」

3か月目には、不明が31件になった。篠原さんが振り分ける時間は、12分になった。

五 「見せたら、現場が縮こまりませんか」

紙が動き始めて2週目、篠原さんが社長室に来た。

「社長。これ、誰まで見せるんですか」

古賀さんが、わたしのほうを見た。

「上田さん、どうでしょう」

「現場の担当者までは、見えたほうがいいと思います」

篠原さんは、首をひねった。

「阿部にも、ってこと?」

「はい」

「上田さん」

篠原さんの声が、少し硬くなった。

「わたしはね、原価を現場に見せるのは、慎重にやったほうがいいと思ってるの」

「なぜですか」

「数字を見せると、現場が縮こまるから」

篠原さんは、椅子に座った。

「わたしが若いころ、前の社長——社長のお父さんね。あの人が一度だけ、現場ごとの数字を職長に見せたことがあるの。赤字の現場が2つあってね」

「どうなりましたか」

「その2つの現場、次の週から、誰も残業しなくなった」

「いいことでは」

「よくないの」篠原さんは言った。「残業をやめたんじゃなくて、手を抜いたの。安全の手すりを1日遅らせたり、養生を省いたり。金がかかるところを、削り始めた」

わたしは、黙って聞いていた。

「幸い、事故は起きなかった。でも、あれを見てから、うちは現場に原価を見せてないの」

古賀さんが、静かに言った。

「その話、初めて聞きました」

「社長には言えんよ。お父さんの話だもの」

部屋が静かになった。

わたしは、そこで押さなかった。

「篠原さん。今日は決めないでおきましょう」

「いいの?」

「はい。ただ、一つだけ聞かせてください。その2つの現場が赤字だと、いつ分かったんですか」

篠原さんは、少し考えた。

「……終わってから」

「終わってからですね」

「終わってから見せられて、『これだけ赤字だ』と言われたの」

「そのとき、現場にできることはありましたか」

篠原さんの目が、少し動いた。

「……なかったね。もう終わってるんだから」

わたしは、うなずいた。

「たぶん、それだと思います」

「それ、というと」

「終わったあとに数字を見せられると、それは評価になります。もう手が打てないので、次から気をつけろ、という話にしかならない。だから縮こまります」

「途中だと違うの」

「途中なら、手を打てます」わたしは言った。「材料の買い方を変えるとか、応援を1人減らすとか。篠原さんが、いま毎週やっていることです」

篠原さんは、しばらく紙を見ていた。

「……途中で分かれば、買い方は変えられるな」

「はい」

「岩が出たときも、あの重機を1週間だけ借りて、あとは元に戻せたかもしれない」

篠原さんは、そこで初めて笑った。

「見せるか。ただし、条件がある」

「なんでしょう」

「赤い数字が出たときは、責める前に、まずわたしが現場に行く。それでいい?」

古賀さんが、即座に答えた。

「それでお願いします」

六 白鳥町の3週目

阿部くんに、その画面を見せた。

阿部くんは、自分が担当している白鳥町の現場の行を、じっと見ていた。

  • 工期の進み:42%
  • 材料費:71%
  • 外注費:38%
  • 労務費(先月まで):55%

「これ……材料、使いすぎですか」

「使いすぎに見えますね」

阿部くんの顔が、少し青くなった。

「僕、なんかまずいことしましたか」

そこへ、篠原さんが来た。約束どおり、責める前に来た。

「阿部、白鳥町の材料、何を先に買った」

「配管の材料です。年度末に値上がりするって言われて、先に押さえました」

「いつ」

「2月です」

篠原さんは、画面を見て、うなずいた。

「合ってる」

「合ってますか」

「合ってる。先に買ったから、%が先に立ってるだけだ。これは、むしろよくやった」

阿部くんが、目に見えて息をついた。

篠原さんは、わたしのほうを見た。

「上田さん。これ、『先に買ったもの』と『これから買うもの』が分かれてると、もっといいね」

その日のうちに、直した。発注済みで未納品のものを、別の色にした。

3週間後、その画面が、初めて仕事をした。

月曜の朝、5つの現場のうち1つが、赤くなっていた。

  • 工期の進み:60%
  • 材料費:58%(正常)
  • 外注費:**89%**
  • 労務費:71%

篠原さんが、すぐに気づいた。

「外注が、おかしい」

その現場は、住宅団地の擁壁工事だった。原因を調べると、雨が続いて土工の作業が遅れ、その遅れを取り戻すために応援を呼んでいた。呼んだのは、その現場の担当者だ。

「これ、このままいくと」

篠原さんは、電卓を叩いた。

「あと1か月で、外注が予算を140万円超える」

古賀さんが聞いた。

「どうする」

「今日、現場に行きます」

篠原さんは、その日の午後に現場へ行った。そして、応援を2人減らし、代わりに別の現場の職人を3日だけ回した。工程を1週間延ばして、施主に説明に行った。

わたしは、その現場に同行させてもらった。

篠原さんは、担当者を呼んで、いきなり数字の話はしなかった。まず現場をひとまわりして、掘削の進み具合を見て、それから聞いた。

「応援、何人入れてる」

「4人です」

「いつから」

「先週から。雨で3日止まったので、取り戻そうと思って」

篠原さんは、うなずいた。

「その判断は、正しいよ」

担当者の顔が、少しゆるんだ。

「ただな。この4人を月末まで続けると、外注が140万オーバーする」

「140万……」

「だから、こうしよう」

篠原さんは、その場で紙に書いた。応援を2人に減らす。代わりに、来週で終わる別の現場から職人を3日だけ回す。それでも足りない5日ぶんは、工期を延ばして施主に説明する。

「施主さん、怒りませんか」

「怒らないよ。雨が降ったのは、うちのせいじゃない」篠原さんは言った。「黙って遅れるのが、いちばん怒られるの」

その週の金曜、篠原さんは施主のところへ説明に行った。工期は8日延びた。施主は、何も言わなかったという。

工事は、6月の初めに終わった。

結果は、予算に対してマイナス18万円だった。

赤字ではあった。だが、あのままなら140万円の赤字になっていた。

古賀さんが、その報告を聞いて、こう言った。

「上田さん。うち、赤字を122万円ぶん、拾ったってことでいいんですかね」

「そう思います」

「あれ、見てなかったら、7月に分かってたんですよね」

「分かっていたと思います。7月に、120万円の赤字だったと」

古賀さんは、深く息を吐いた。

「赤字だと分かるのが、遅すぎたんですね。ずっと」

七 1年

6月の半ば、わたしは山桜建設の月曜の朝の会議に、一度だけ出させてもらった。

7時50分。社長室に、古賀さんと篠原さん、それから阿部くんが座っていた。

阿部くんは、去年の春には、この部屋に入ったことがなかったという。

画面には、5つの現場が並んでいた。誰も紙を配らない。誰も説明しない。3人が黙って15分見て、2つのことだけを決めた。

  • 白鳥町の追加の材料は、来週まとめて発注する
  • 給食室の現場に、応援を1人、3日だけ入れる

それで終わりだった。

「これ、15分ですね」わたしは言った。

「15分です」古賀さんは言った。「前は、この時間で世間話をしてました」

「効果を、聞いてもいいですか」

古賀さんは、紙を出した。自分で作ったものだった。

  • 月曜の朝に手を打った回数:この3か月で11回
  • そのうち、実行予算を超えずに終わった現場:8件
  • 拾った赤字(見込みとの差):およそ290万円

「290万です」

「大きいですね」

「でも上田さん。本題はそこじゃないんでしょう?」

古賀さんが、わたしの口調を真似て言った。わたしは笑った。

「はい。違います」

「じゃあ、なんですか」

わたしは、少し考えてから答えた。

「篠原さんが、現場に行ったことだと思います」

古賀さんが、篠原さんを見た。

「あの擁壁のときですね」

「はい。数字が赤くなったときに、責める人ではなく、篠原さんが行きました。だから阿部さんは、次に数字が赤くなったときも、隠さないと思います」

阿部くんが、下を向いた。それから、小さい声で言った。

「隠したこと、あります」

3人が、阿部くんを見た。

「去年です。工場の増築で、最後に応援を増やしたとき。……僕、あれ、篠原さんに言わずに呼んだんです。工期が間に合わないのが、自分のせいだと思って」

古賀さんが、静かに言った。

「あれ、150万の赤字だった現場だな」

「はい」

「言ってくれてたら、どうにかなったか」

篠原さんが、答えた。

「なったよ。2週間早く聞いてれば、応援じゃなくて工程で直せた」

阿部くんは、うつむいたままだった。

篠原さんは、その頭を軽く小突いた。

「いまは言うんだろ」

「言います」

帰り際、古賀さんが玄関まで送ってくれた。桜はとっくに葉になっていて、川の水がきらきらしていた。

「上田さん。1年経ちましたね」

「経ちました」

「うち、変わりましたか」

わたしは、少し考えてから答えた。

「数字が、後ろから前に来ました」

「といいますと」

「去年の4月は、見積もりが夜9時からで、請求が漏れていて、段取りが電話の中にあって、出面表が紙の山でした。全部、起きたあとに数える仕事でした」

「はい」

「いまは、月曜の朝に、これから起きることを見ています」

古賀さんは、うなずいた。それから、少し照れたように言った。

「一つだけ、まだ気持ち悪いことがあるんです」

「なんでしょう」

「そもそも、この工事を取ってよかったのかが、分からないんですよ」

わたしは、足を止めた。

「といいますと」

「擁壁の現場、あれ、頑張って18万の赤字で済ませたでしょう。でも、よく考えたら、最初から利益の薄い工事だったんです」

古賀さんは、ポケットから折りたたんだ紙を出した。市の入札公告のコピーだった。

「うち、去年52件、札を入れてます。取れたのが14件」

「勝率3割弱ですね」

「その14件が、いい工事だったのかどうか。……わたし、勘で決めてるんです。ずっと」

残ったもの。 現場の数字は月曜の朝に見えるようになったが、どの工事に、いくらで札を入れるかは、いまも社長と篠原さんの勘で決まっている。取れない札を書き続けているのか、安く取りすぎているのかも、数えたことがない。

一つずつだ、と自分に言い聞かせた。

車に乗るとき、古賀さんが、思い出したように言った。

「上田さん。落札の結果って、市のホームページに出てるの、知ってました?」

「出ていますね」

「あれ、うち、一度も見たことがないんです」

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